呪術は超自然的な 〔病気・治療・呪術〕

存在に訴えることによって、病気治療、降雨、豊作、豊漁などの望ましいことの実現を目ざした行為。

呪術は英語のmagicの訳で、まじない、魔術ともいわれるが、手品師を魔術師ともいうので、手品と区別するために呪術という語が用いられている。

magicは、語源的には古代ペルシア語のMagusに由来し、ギリシア語のmagosはその借用語である。

この行為の背後には超自然的存在に関する信仰が存在することが多いが、信仰が呪術的行為の前提であるとは限らない。

J・フレーザーは、呪術が超自然的霊格を統御することによって目的を達成しようとするのに対して、宗教は霊格に対する懇願であると述べて、両者を峻別した。

しかし、諸民族の宗教体系には両者の区別が明瞭でないものが多く、宗教という用語のなかに呪術を含んで使われることが少なくないし、「呪術・宗教的」という語も用いられる。

フレーザーはまた呪術と宗教の関係を発達段階としてとらえ、呪術のほうが宗教よりもより原始的であると論じたが、もっとも原始的とされる狩猟採集民においても、至高神の崇拝をめぐる宗教体系がみられることがしばしばあり、一概に呪術が古いとはいえない。

たとえばアフリカの狩猟民であるサンとインドネシアのスマトラに住む農耕民ミナンカバウとを比較した場合、文化的には後者のほうが複雑であるが、呪術はミナンカバウのほうにいっそう顕著である。

長い間日照りが続くと、水をまいたり、太鼓をたたいたりして行う雨乞い儀礼は世界各地の伝統社会にみられるが、水を地面にまき、太鼓をたたいたりする呪術は、降雨と雷鳴のまねである。

このように望ましい現象と似たことを行う呪術を、フレーザーは「類感呪術」あるいは「模倣呪術」とよんだ。

これに対し、日本に、病弱な子供を健康にするために、じょうぶな子供の着ていた着物の布きれを集め、それを縫い合わせて着せるという習慣がある。

これは、フレーザーが「感染呪術」とよんだもので、「接触呪術」ともいわれる。

他人を病気にさせるために、その人の毛髪、爪、排泄物、衣服などを火にかけたりする呪術も、感染呪術の一種である。

雨乞いとか健康回復を目ざす呪術は、社会や人のために行う呪術として「白い呪術」ともいわれる。

人を苦しめ呪い殺すための呪術は「黒い呪術」といい、「邪術」sorceryともいわれる。
update:2010年02月23日